平均在院日数について 1 伊藤哲寛  平均在院日数とは、病院の入院治療機能をみるための一つの指標で、入院してから退院するまでの期間が平均どの位かを見ようとするものである。  その計算法は国によって異なるが、主として次の二つの計算法が用いられる。それぞれに欠点があり、病院機能を正確に反映しているわけではない。しかし、年次間、各国間、地域間,病院間での医療の違いを明らかにするので、人口対病床数とともに、医療政策を論じる際によく用いられる指標である。 (1) 年間に何人の患者が入院し、退院していくかを見ることによって一回の入院期間の平均を推定する方法。 以下の計算法で算出される。                年間在院患者延べ数 平均在院日数 = ------------------------------------------ (年間新入院患者数+年間退院患者数)×0.5  日本では、毎年6月に行われる「病院報告]に基づいて計算され、公式な医療統計として公表されている。この指標は、病床がいかに効率良く回転しているかをよく示すが、ある人が今入院したらどの位の期間で退院できるかを予測するのにはあまり役立たない。社会的入院といわれる長期在院患者の在院日数数が、この計算式の分子に参入され、最近の患者の入退院状況が正確に反映されないからである。 (2) ある一定期間内に退院した患者の入院期間の平均を見る方法。 日本では3年に一度9月に行われる「患者調査」に基づいて、9月1ヶ月間の退院患者の平均入院期間を計算している。 0ECD加盟国では、この計算法を採用する国が多いので、国際比較をする時は日本でもこの数値を用いる。  この計算法の欠点は、なかなか退院できない患者、たとえば精神病院の長期社会的入院患者の在院期間が無視されるので医療の実態を反映しないことである。  なお、どの指標を用いても、日本の入院期間は国際的に見て著しく長い。  (2)方式による1995年の主要29カ国の平均が12.5日なのに対して、日本の1996年の一般病床(精神病床や結核病床を除く)は33.5日であった。同時期の精神科の平均在院日数は、米国で8.5日、イタリー14.1日、カナダ29.2日、ドイツ40.2日に対して、日本は330.7日日である。 なお、国内での平均在院日数の推移、地域や病院種別による違いは(1)の指標によって知ることができる。 たとえば、平成11年の統計では   全病床平均  39.8日   結核病床   102.5日   一般病床   30.8日   精神病床   390.1日 となっている。日本の精神科医療機関が、治療のための施設というより保護収容のための施設となっていることがこの数値からも推定される。 =========================================================================== 2 佐々木青磁 平均在院日数に関する一考察  一般に日本は諸外国に比べて精神科の平均在院日数が、格段に長いと言われています。このこと自体は事実ですが、みなさんは、「平均在院日数」という言葉の意味するところを、どのように受け取られているでしょうか。「精神科の入院期間は平均でどのくらいかかるかを表した数字」と受け取られている方が多いのではないかと推測します。また、いわゆる社会的入院として、20〜30年以上の超長期入院患さんが存在しますが、その方々が退院できれば「平均在院日数」は劇的に減るのではないか、と漠然と思っている方もいるのではないでしょうか。果たして本当にそうなのでしょうか、考えてみたいと思います。  まず、平均在院日数はどのように計算するか、見当がつきますか?「各々の入院患者さんの今までの入院日数を足して、それを人数で割って......あれ、10年入院している人と、昨日入院した人がいるな。その二人の平均って.....現時点で365(日)×10と2(日)を足して2で割って1826(日)これでいいのかな?でも二人ともいつ まで入院しているかわからないし........」うーん、何となく複雑な計算になりそう ですね。  平均在院日数の算出方法の一つ(もう一つの算出方法は伊藤事務局長が記されて いますので、ここでは触れません)に、下の計算式より求める方法があります。これ は毎年、厚生労働省が各精神科施設に調査票を送付し、報告を義務づけデータとして いるものです。精神科領域の学会や講演、メディアなどでよく引用される数字です。               年間在院患者延べ数 平均在院日数 = ------------------------------------------ (年間新入院患者数+年間退院患者数)×0.5  上記が厚生労働省が定義するところの「平均在院日数」なのです。意外とシンプルな式なので拍子抜けといった感じすらします。シンプルではありますが計算式を一目見て、すぐ納得できる方はそう多くはないのではないでしょうか。かくいう私も「何故、この式で『平均在院日数』が求められるのか?」とピンとこないままでいました。  そこで、私なりの解説をしてみましょう。  まず、計算式の分母の方からみましょう。年度によっても入退院数の違いはある でしょうが、概ね、年間新入院患者数 ≒ 年間退院患者数と言えると思います。年間新入院患者数 ≫ 年間退院患者数であればベッドが足りなくなりますし、年間新入院患者数 ≪ 年間退院患者数であえば病棟がガラガラになってしまいます。入院1名と退院1名で1名の患者さんがこの病院を入退院で「通過」したことになります。つまり分母の(年間新入院患者数+年間退院患者数)×0.5はその年度に入退院で「通過」した患者さんの数に近似されることになります。  次に計算式の分子についてみてみます。式には単位は記してありませんが、「年間在院患者延べ数」の単位は「人・日」です。Aさんが30日入院したのであれば1(人)×30(日)= 30、Bさんが90日入院したのであれば1(人)×90(日)=90、これらの総和が「年間在院患者延べ数」なのです。  分母、分子の意味を上述したように考えますと、平均在院日数は、その病院を「当該年度に入退院で通過した患者」一人当たりの入院日数ということになります。なるほど、これで式の意味がわかりました。一件落着、めでたし、めでたし。(あれ?でも......「当該年度に入退院で通過しない入院患者」はどうなるのでしょう?分子の方には「入退院で通過した患者」以外の(つまり超長期入院患者)数も含まれるのに、それを「入退院で通過した患者」数で割るということはどういうことなのか......)  そこで、厚生労働省による用語の解説をみますと、以下のように記されています。 (URLは http://www1.mhlw.go.jp/toukei/isc99_8/yougo.html です。) 『「平均在院日数」とは、個々の病院における病床の利用状況を概括的に捉えた指標の一つであり、その病床の利用状況が定常状態にあることを前提として、在院しているものが全て入れ替わるまでの期間を表したものと考えている。言い換えれば、ある人がある病院に入院したとき、その時点前後における病床の活用(回転)状況に従って受療、退院するとした場合に、その者が退院するまでに想定される期間として、病床の利用状況を数量化した指標と言える。』  ふうむ、なるほど。「病床の利用状況が定常状態」にあるとの前提で「在院しているものが全て入れ替わるまでの期間」が「平均在院日数」ということですか。(でも.....現在の精神科病棟で全て入れ替わるとなると.......)  厚生労働白書から下に引用します。同じ計算式で、全体、病床類型ごとに平均在 院日数を算出したものです。 平成11年 平成10年 対前年増減 総 数 39.8 40.8 △ 1.0 精 神 病 床 390.1 406.4 △ 16.3 結 核 病 床 102.5 109.3 △ 6.8 一 般 病 床 30.8 31.5 △ 0.7  精神病床が突出しているのがわかります。一般病床で30日程度、結核でも100日前後ですね。さて、ここで平均在院日数の計算式を思い出してください。               年間在院患者延べ数 平均在院日数 = ------------------------------------------ (年間新入院患者数+年間退院患者数)×0.5  もちろん平均ではありますが、精神病床は1年を超えており、上記の式の「年間新入院患者数」にも「年間退院患者数」にも関与しない入院患者が多数存在するものと思われます。一般病床は難病など、一部を除き、当該年度内に入退院のどちらにも関与しないというケースは極めてまれであろうと想像されます。  超長期入院患者は年余に渡って「回転しないベッド」として占有してしまうため、相対的に新規に入院可能なベッドが減少し、平均在院日数増大に影響を与える場合があると考えられます。反面、超長期入院患者の多寡だけでなく、「回転するベッド」の稼働が上がれば、平均在院日数は短縮することになります。  風潮として「平均在院日数」が短ければ、「入院期間」が短く、活性度の高い病院と評価されると思います。さらに長期入院患者は少ないのではないかとも思うのではないでしょうか。しかし、平均在院日数は、急性薬物中毒などの1泊入院が多い場合(これはこれで、救急医療を一生懸命やっているので評価されるべきことです。)や、これはうがった見方ですが、十分改善されていない患者さんを早期に退院させて、すぐ再入院となった場合にも短縮するのです。逆に「平均在院日数」が長ければ、「入院期間」が長く長期入院患者がたくさん存在する(前段は確かにそうなのですが)、活性度の低い病院と思われているのではないでしょうか。しかし、この「平均在院日数」は超長期入院患者さんの実態を反映している数字とは言い難いのです。  さて、2000年度の当院でのデータを記します。 年間入院患者数 427(人) 年間退院患者数 437(人) 年間延べ入院患者数 65347(人・日)            65347 平均在院日数 = ----------------------- = 151.3(日) (427+437)×0.5 病床回転率 = 241.3%(年間約2.4回転するということ)  ここで超長期入院患者さんが、退院した場合のシミュレーションをしてみましょう。当該年度の1月1日に30年入院していた患者さんが5名退院したとします。そうするとその年の年間延べ入院患者数は365×5=1825減ります。(厳密には元旦の退院なので365-1=364の計算になりますが、わかりやすくしました。)また、5名退院したためにベッドが5床空きました。これが2.4回転するとして(これも病床利用率が100%ではないので厳密ではないですが)、年間2.4×5=12(人)の入退院が増えることになります。またこの12人の年間延べ入院患者数(人・日)は、平均在院日数をχとして12χになります。また、ベッドが空いた分以外の入退院数は同じと仮定します。 これを上の式に当てはめますと          65347 - 1825 +12χ 平均在院日数 = --------------------------- = χ(日) (425+437)×0.5 +12 これを解きますと、χ=147.0となります。  許可病床240床規模の病院で30年の超長期入院患者さんを5名退院させて、平均在院日数の短縮は4日ほどとシミュレーションされました。この短縮は多いのでしょうか、少ないのでしょうか。  シミュレーションでは30年の超長期入院患者さんを例にしましたが、すでにお気づきの通り、30年の患者さんでなくても、20年でも、10年でも、1年の患者さんでもシミュレーションの式、数値は変わらないのです。  一般に1年の入院患者さんと30年の入院患者さんでは、後者の方が退院するとなると、本人、周囲ともにかなりのパワーを要することが想像されますが、その大変さは平均在院日数という数字では評価されません。  結局、年間在院患者延べ数、年間新入院患者数、年間退院患者数などすでに起こった事象からある程度、新規に入院してくる患者さんのことは推定できても、いつ退院できるかという当てのない超長期入院患者さんの何らかの指標にはなりずらいということです。  臨床の現場では、現在、入院してくる患者さんで期間が1年以上に及ぶ方は極めてまれですし、一方、20年、30年の長期入院患者さんが固定してしまっているのも事実です。新規の入院はかなり短い期間で退院可能であることともに、長期入院患者さんの実態を伝えていくということも必要なのだと思います。新しく発病する患者さんと、超長期の患者さんをいっしょにして「平均在院日数」と表してもちょっと虚しい感じがいたします。