「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(案)」について


2002年4月12日

精神保健従事者団体懇談会

代表幹事  森山 公夫:日本精神神経学会
高橋  一:日本精神保健福祉士協会
樋口 精一:日本病院・地域精神医学会

 わたしたち、精神保健従事者団体懇談会(精従懇)は、1986年9月に精神医療に関わる12団体で発足し、現在は、19団体が参加し、精神保健・医療・福祉の現場に関わる学術団体及び職能団体が一同に会するわが国唯一の集団です。

 わたしたちは、第154回国会に上程されている標記法案について、次の理由により、その可決成立に反対し、問題の抜本的見直しを行って必要な方策を立てることを求めます。

1.現在、精神障害者は、マンパワー(医師・看護)の少ない入院施設や、圧倒的に不足している地域社会資源等、他の疾患・障害を持つ人たちと比べて著しく差別された劣悪な環境下に置かれている。加えて社会的に病気への認識が低く、差別や偏見の強い中に生きていかざるを得ない情況にある。

 こうした状況を抜本的に改善し、精神医療・保健を全面的に充実させることこそが最も優先されるべき課題であり、結果として社会の安全確保につながってゆく最も有効な方策であると考える。

 まず、精神障害者33万人が入院中であるが、その3分の1と言われる社会的入院を解消するための精神科病床適正化計画が必要であり、同時に精神病院の職員配置に関する医療法の特例を撤廃する計画も必要である。そして、この両者を前提として、救急医療・危機介入を含む地域医療・保健福祉圏域の策定とその圏域ごとの数値目標を含む計画の策定が必要である。これらはいずれも、わたしたちはもとより、多くの精神医療・保健・福祉関係者が以前から指摘し、求めてきたことである。しかるに、この1月から審議を進めている社会保障審議会障害者部会・精神障害部会における「総合計画」(仮称)の検討状況を見るかぎり、上記の基本的な問題に厚生労働省が真剣に対処しようとしているのか甚だ疑問であると言わざるをえない。直ちに、上記基本的問題への対処方策が、必ず実施されているという保証を持って具体的な形で示されるべきである。

2.本来、刑罰は過去になされた犯罪行為に対して科せられるが、新法の目的は再犯の防止であり、将来の危険性を予測して処遇が決められることになる。

(1)精神科臨床とは別の視点から将来の「再犯のおそれ」を理由として決定される入院処遇は、医療の名を借りた予防拘禁に他ならず、また、

(2)「再犯のおそれがない」という判断は一般的にも困難であると考えられるので、相当長期にわたる拘禁的な入院が予測され、やはり医療の名を借りた不定期刑が導入されるものと見なさざるをえない。通院医療についても、ほぼ同様のことが言えるが、司法管理下の強制された「地域医療」が本来の地域医療・地域ケアの本質を著しく侵害するということも強く指摘しておきたい。

 こうして、精神障害者に対してのみ「再犯のおそれ」を取りあげることは、法の下の平等に反するもので、明らかに偏見に基づく差別であり、精神障害者にとってますます生きづらい社会を作るものと言わざるをえない。

 ちなみに現在、措置入院制度では「自傷・他害のおそれ」を強制入院の根拠にしているが、これは、あくまでも「現時点」における病状にもとづく精神科臨床上の判断から「医療と保護を」を行うものであり、本法における「将来の」「再犯予測」に基づく処分とは質的にことなるものであることを指摘しておきたい。

3. 不幸にして違法行為を起こした精神障害者についての最大の問題は、現在のところ、次の3点にあると考えられる。

(1)簡易鑑定を含む起訴猶予処分前後の事情の不透明性。

(2)起訴猶予後、措置入院となった場合の措置入院のあり方の問題性。

(3)留置・拘留・受刑などの場における精神科医療の不十分性。

 わたしたちは、上記1以下に述べた諸問題こそ、本法成立の前にまずもって検討され、改善策が提起されるべきであると考えます。