「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律案」に対する意見

東京精神医療人権センター 代表 葉山水樹

 3月15日に閣議決定された標記法律案について、下記の理由で廃案を要求します。

1.措置入院との関係の不明確さ及び再犯予測の不可能性

 今回の法案は、病状故に重大な他害行為を行った精神障害者を、刑事的処分の対象とすることなく、医療の枠組みをもって処遇しようとするものです。その意味で精神保健福祉法に基づく現行の措置入院制度との関係が問題となります。

 そこでひとつには、刑罰でなく同じ医療の対象としながら、措置入院とは異なる特別病棟への入院、退院後も通常は犯罪者更正を目的とする保護観察の下に置かれるなど、他の精神障害者と比べ極めて不平等な処遇を受けることになる問題があります。

 さらに、措置入院の場合は、「自傷他害のおそれ」は厚生大臣の定める基準(昭和63年4月8日厚生省告示125号)によって、その判定について具体的な病状及び状態像が特定され、このような病状及び状態像が消滅した時は措置解除(精神保健福祉法29の4)をしなければならないことになっています。これに対して本法案の「再び対象行為を行うおそれ」についてどのような具体的基準(病状や状態像)によって判断されるのかが、そもそも精神医学的に確定されておらず、したがってどのような状態になれば法案の言う「再び対象行為を行うおそれがあると認めることができなくなった」ということになるのか、その立証責任や立証の程度についても何も法定されていません。また判定を行う精神科医自身、わが国の制度上ではそのような判定を行った経験が全くなく、これは裁判官についても同様です。このような状態では諸外国の経験(犯罪予測の的中率約1/3)に照らしても、わが国においては十分な精度をもった予測をすることは到底期待できません。したがってこのままでは上記のような不確実、不確定の要件を長期の拘禁性の強い入院の要件とすることは、まさに恣意的な拘禁を認めることに他ならず、国際人権自由権規約第9条1項に違反するもので到底認めることはできません。

2.手続き的保障の欠如

 この法案では、対象行為が本当に本人によって行われたのか否かについての審理も非訟事件として扱われ、刑事手続き上の保障がありません。さらに精神障害当事者の「裁判を受ける権利を保障してほしい」という声に反するものでもあります。

 また本人等の退院許可等の申し立て審理については、入院申し立ての場合とは異なり、第三者の精神科医による鑑定は義務的でなく、国選付添い人の選任についても同様です。さらに審判期日の開催についてすら必要がある場合についてのみ認められるだけです。しかしながら、本法案のごとく精神障害を理由とする強制入院者は、国際人権自由権規約第9条4項で「裁判所がその抑留が合法的であるかどうかを遅滞なく決定すること及びその抑留が合法的でない場合は、その釈放を命ずることができるよう裁判所において手続きをとる権利を有する」ことになっており、この場合裁判所における手続きにおいて申立人は直接聴聞を受ける権利を保障されなければならないと解されています。この点でも国際人権自由権規約第9条4項に明らかに違反しています。

3.レッテル貼りの拡大と社会復帰の困難さの増大

 1で指摘したように、刑罰ではないと言いつつ拘禁性の強い現行の措置入院に加えて、この法案のような別立ての強制医療システムが作られれば、その対象者は「病状が悪化すれば重大な他害行為を起こす人」とのレッテルを貼られることになります。

さらに、そういうシステムの新設は、社会で生活するすべての精神障害者=危険な人という偏見をさらに大きくすることになります。この間、関係者の努力でやっと少し精神科の敷居が低くなり、"開かれた精神医療"へ向かいはじめたところなのに、人々を再び精神医療から遠ざけ、拒否する人々を増やしていくことになるでしょう。

 この法案は、重大な他害事件を起こした精神障害者の社会復帰の促進をもうひとつの目的としています。しかし現状でも病状ゆえに他害事件を起こしてしまった措置入院者は、家族の支援も得られず、援護寮等のケア付き住宅にも拒否され、受け入れてくれる社会資源がほとんどないため、長期入院を強いられています。現にそういう状況に置かれている人への何らの社会復帰施策なしに、新しい入院医療システムと保護観察付きの通院制度をつくることで社会復帰が促進されるというのは現実的でなく、むしろ特殊医療出身者として現在以上の不利益を受けることが危惧されます。

これらの理由から、この法案を廃案とすることを強く訴えます。