精神障害と犯罪の問題に対する政府案に反対する

1 本日、政府は「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療および観察等に関する法律(案)」(以下政府案という)を閣議決定した。

 治療が中断したり、適切な治療が受けられないなどの事情により、精神障害が悪化した場合に時として起こる不幸な事件を防ぐことは、本人にとっても、社会にとってもきわめて重要である。

 日本弁護士連合会は、精神障害と犯罪の問題に関し、精神医療と司法の現状と問題点、ヨーロッパの保安処分の実情やイタリア・トリエステにおける徹底した地域精神医療の成果などの調査・研究を踏まえて、本年2月15日理事会において、「精神医療の改善方策と司法の課題」日弁連意見書を決定した。

 日弁連意見書は、精神障害によって時として起こる不幸な事件の発生を防ぐには、入院中心主義、民間依存体質といった世界的に遅れている日本の精神医療の現状を地域精神医療充実の方向に大きく変換することが急務であることを指摘し、あわせて事件を起こした精神障害者に対する早期、適切な治療が提供できるような刑事司法の改革の方策を提示した。

2 政府案は、「再び対象行為を行うおそれ」を要件としての期限の定めのない強制入院、3〜5年にわたる強制通院といった処遇制度を創設し、地方裁判所に設置する裁判官および精神保健審判員からなる合議体が裁判することとしている。

  「再び対象行為を行うおそれ」は「再犯」のおそれにほかならないものであるが、再犯の危険性予測は、医学的にも困難なものとされていて、その予測の信頼性はきわめて乏しいものであるのに、政府案では、それを理由として無期限の入院が可能とされている。不確実な再犯予測を前提に無期限の身柄拘束を行うことは許容しがたい人権侵害をもたらすと言わざるをえない。また、政府案は、事実の取調、責任能力の有無の認定にさいし、憲法31条以下の適正手続の保証を認めていないなど重大な問題をはらんでいる。精神障害の治療という観点からは、政府案の言う重大な他害行為を行った精神障害者と他の精神障害者の間で違いはないと言われている。しかるに政府案は、重大な他害行為を行った精神障害者を入院、通院において他の精神障害者から分離して処遇しようとしている。こうした分離施策は、治療上問題が生じるということだけでなく、刑事政策の一翼を担う保護観察所の観察の下におくこととあいまって、精神医療をゆがめ、精神障害者の人権を踏みにじり、精神障害者に対する差別と偏見を助長するものとなりかねない。

3 精神障害による時として起こる不幸な事件を防ぐ道は、「危機介入」につきるといわれている。その意味では、地域における精神医療と福祉が社会と連携して、人権に配慮した地域精神医療体制を確立することこそ、急がれなければならない。

 日本弁護士連合会は、政府案に強く反対し、日弁連意見書にそった改革実現のため全力を尽くすことをここに表明するものである。

 2002(平成14)年3月15日

日本弁護士連合会

会長 久 保 井  一 匡