全自病協 81  号

平成14年3月15日

「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(案)」についての緊急声明

全国自治体病院協議会精神病院特別部会
部会長 伊藤哲寛

政府は、重大な犯罪を犯した精神障害者の処遇に関して、本年3月15日、「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(案)」(以下、「新たな法律案」)を国会に上程することを閣議決定しました。

精神科医療の実践を担う者として、今次の「新たな法律案」に重大な疑義を抱かざるを得ません。全国自治体病院協議会がこれまで繰り返し提言してきたように、根源に立ち返ってこの問題を捉え、積み残された諸課題に全力を挙げて取り組むことをすべての関係者に要請します。

1. 「新たな法律案」では、触法行為を行った精神障害者の医療あるいは刑罰がどのような状況の中で与えられているかという現状分析が一切なされず、新法制定が現在の主要な問題を霧散させるかのように提示されている。精神科医療全体の貧困さ、そして未決拘留中や矯正施設内での精神科医療の未整備が、それぞれの領域が本来果たすべき役割を阻害し、最適な医療と処遇から当事者を遠ざけるような結果を招いている。まず行われるべきは、精神科医療の水準向上と司法システムにおける医療の充実である。そのような努力なしに姑息的な再犯防止システムのみを作ることは、精神障害者に対する差別を助長することはあっても、犯罪予防に対する実際的な効果はほとんど期待できない。

2. 「新たな法律案」では、重大な触法行為を行った精神障害者の処遇を地方裁判所が審判し、再び同様な事件を起こす恐れのある患者の治療を指定医療機関に委ねるとしている。再犯の恐れを精神医学的に科学的根拠を持って予測することは困難である上に、再犯の恐れを基準にして医療を行うことは、精神科医療の現場に刑事処分的要素を持ち込み、臨床判断に歪みをもたらす懸念を生ずる。保護観察所による強制通院や監督権の導入も、同様な理由で賛同しかねる。退院可能なほどに改善した患者は、地域単位の医療・保健・福祉、そして市民や仲間による支援によってはじめて、再発防止を期待できるのである。

3. 新法制定の動きに拍車をかけることになった池田小学校事件で明らかになったように、起訴便宜主義の運用の厳密化、精神鑑定の信頼性の確保、刑事責任能力判断の的確化が求められる。しかし、「新たな法律案」ではその改善策については全く触れていない。当協議会が提案したように、精神鑑定を行う医師の養成、簡易鑑定手順の標準化、司法精神鑑定センターの設置などが、さしあたっての急務である。

4. 重大な犯罪を犯し不起訴となった精神障害者の医療も、当協議会が「二つの提言」のなかで示したような医療システムを着実に構築することによって、地方裁判所の審判に依存することなく医療の枠の中で可能となる。精神障害者がおしなべて危険であると見なしがちな世論に流されて、精神障害者の社会参加の機運を萎えさせるような施策は避けるべきである。