厚生労働省の調査で、精神病院への強制入院制度の運用に大きな地域格差があることがわかった。(大阪本社科学部・原昌平)
強制入院には、精神保健福祉法に基づき、〈1〉行政による強制入院(措置入院)〈2〉家族の同意による強制入院(医療保護入院)――がある。医療目的とはいえ自由を無期限に束縛できる制度である以上、適正な運用が要求されている。
だが、実際の運用は都道府県で大きな差がある。厚生労働省の調査(一九九九年六月末現在)によれば、措置入院の患者数は、人口規模当たりの比率で十四倍の差があった。二十年以上の患者割合も、山口が69%なのに、京都、千葉はゼロ。医療保護入院でも、人口当たりの患者数、二十年以上を超える患者割合に四倍の開きがあった。
措置入院の運用をめぐっては、大阪で起きた児童殺傷事件を契機に、「解除が早すぎないか」という方向で議論されがちだ。だが、同事件の容疑者の場合、二年前の傷害事件で刑事責任能力を十分検討せず不起訴にした点に最大の問題があり、そもそも措置入院が妥当だったかに疑問が出ている。むしろ、全国の状況を見る限り、問題は入院期間が長すぎることのほうが大きい。二十年もの強制入院は人生を奪われるのに等しい。
運用にひずみが出ている第一の原因は、国の診断基準のあいまいさにある。措置の要件は、「自分を傷つけるか、他人に危害を加える恐れ」と規定されているが、どの程度を指すかが不明確で、慎重に考えれば際限がなくなる面がある。医療保護の要件のほうは「入院治療が必要だが、本人に判断能力がない」としか定められていない。このため、担当医の主観や地域的な考え方の違いに左右される。
第二には自治体の姿勢だろう。措置は半年ごとに、医療保護は一年ごとに病状報告を受け、都道府県、政令市の精神医療審査会がチェックするが、行政当局の姿勢で変化する。
象徴的なのは山口だった。九七年六月の措置患者は二百三十五人だったが、九九年は百十三人、今年六月には五十七人に激減した。同県楠町の民間病院の場合、昨年末、措置患者十二人を受け持つ指定医が「十一人は解除できる」と主張し院長と対立した。十二人のうち九人が二十年以上、最長で三十一年という患者もいた。この問題が報道された直後、実地診察で県が解除したのは一人だったが、結局、その後、半年間に院長の届け出で七人が解除された。
東京や大阪では、新規に措置される件数が多いものの、入院期間は短い。東京都は「措置症状がなくなれば、速やかに医療保護や任意入院に切り替える」としている。大阪府は措置要件にある「危害の恐れ」の解釈を国連の基準に近い「刑事事件レベルの切迫した恐れ」と具体的にとらえ、入院から三か月以内に病状を実地診察し、措置の必要性を確認している。
第三には、社会復帰の難しさも挙げられる。これが、医療保護入院や任意入院の患者数の多さに影響している。現実には、「それほど長期間、措置症状が消えない患者は少数のはず」(浅井邦彦・精神神経学会理事)という見方は強い。これだけ多い長期入院の姿は、放置できるレベルではない。
急がなければならないのは、入院実態の調査であり、診断基準の明確化や精神医療審査会の機能強化、治療体制の充実だろう。国も自治体も現場の実態から目をそらすべきではない。
都道府県名 | 措置患者数 (人) |
措置20年以上 人数(人) |
人口10万人あたり 措置患者数(人) |
---|---|---|---|
北海道 | 155 | 66 | 2.7 |
青森 | 18 | 5 | 1.2 |
岩手 | 52 | 8 | 3.7 |
宮城 | 22 | 5 | 0.9 |
秋田 | 27 | 13 | 2.2 |
山形 | 18 | 2 | 1.4 |
福島 | 69 | 29 | 3.2 |
茨城 | 71 | 9 | 2.4 |
栃木 | 90 | 20 | 4.5 |
岩手 52 8 3.7
群馬 110 50 5.4
埼玉 233 74 3.4
千葉 59 0 1.0
東京 20 11 1.7
神奈川 91 5 1.1
山梨 24 11 2.7
新潟 35 6 1.4
富山 32 11 2.8
石川 25 2 2.1
福井 22 12 2.7
長野 88 22 4.0
岐阜 109 66 5.2
静岡 71 14 1.9
愛知 179 70 2.6
三重 64 30 3.4
滋賀 70 33 5.3
京都 26 0 1.0
大阪 59 3 0.7
兵庫 150 40 2.7
奈良 11 1 0.8
和歌山 24 15 2.2
鳥取 21 1 3.4
島根 24 1 3.1
岡山 25 8 1.3
広島 122 21 4.2
山口 113 78 7.3
徳島 412 0 4.9
香川 8 2 0.8
愛媛 81 38 5.4
高知 21 2 2.6
福岡 250 86 5.0
佐賀 83 39 9.4
長崎 67 25 4.4
熊本 75 25 4.0
大分 111 51 9.0
宮崎 18 2 1.5
鹿児島 162 59 9.0
沖縄 45 1 3.5
全国 3472 1082 2.7