■被害者の妻として 加害者の母として

精神病の息子 夫を刺殺

あす議員シンポ 苦悩の体験語る/「事後対策より予防を」

 2002/07/18: 大阪読売夕刊2社面

 精神病で心神喪失状態になった息子に夫を刺殺された京都府の女性が十九日、東京・永田町の参院議員会館で開かれる「精神保健福祉の充実を求める超党派議員と市民の会」のシンポジウムで、自らの体験と思いを語る。被害者の妻であると同時に、加害者の母という複雑な立場の家族が公の場で発言することは異例。 2002・07・18 大阪読売夕刊2社面

触法精神障害者の処遇をめぐる法案が審議される中、病者と家族、被害者の苦悩がどれほど理解されているかを問いかける。

 森ちさとさん(58)はこの十年余、重い現実を背負いながら暮らしてきた。

 息子が発病したのは学生時代。「道を歩く人がみんな僕を笑ってる気がする」と打ち明けた。病院で神経症、やがて統合失調症(精神分裂病)と診断された。

 通院で病状は軽くなり、アルバイトにも出かけていたが、ある日から石のように黙り込んだ。目に緊張感が漂い、夫の首を竹製の物差しで切るそぶりをした。

 病院に電話したが、主治医は「薬を飲みなさい」と本人に指示しただけ。数日後、説得して病院へ連れて行った。「限界です。入院させて下さい」。けれども医師は「空きベッドがない。長く効く薬を注射するから様子を見て」と告げた。

 悲劇は翌日起きた。夫は包丁で刺されて死亡、ちさとさんも傷ついた。逮捕された息子は「父をハトに変えるためだった」などと話した。精神鑑定で刑事責任能力はなかったと判断され不起訴、措置入院。

 鑑定書は検察庁に頼んでも見せてもらえなかった。「とても責任を負える精神状態ではなかったのは確か。でも、なぜ事件を食い止められなかったのか。その検証は何もないんです」

二年後、息子は病院の五階から飛び降り、重傷を負った。面会時の表情を見て「事件の前に似ている。注意して」と病院に頼んでいたのに、手だては取られていなかった。

 精神障害者の犯罪率は一般より低い。殺人の被害者の七割は身内が占め、八割以上は初めての事件だ。一方、継続審議になる見通しの政府案は、重大事件の再犯防止に限定している。

 「起きた後の対策より最初の事件を防いでほしい。症状が軽い時からかかれ、悪化した時にきちんと応える医療。牢屋のような保護室も改善して、心休まる病院にしてほしい」

 息子は今も別の病院に入院中。ずいぶん良くなり、面会に行くといろんな話をする。早めに社会復帰させなければと思う。

 政府案の強制入院先は、触法患者だけの特別施設。

 「事件の時は心神喪失でも、急性症状が収まれば他の患者と違わない。本当に十分な治療があるのか。社会から切り離され、見捨てられないでしょうか」

 ちさとさんは、そんな気持ちも議員らに伝える。

◇写真=「本当は思い出すのがつらい」。そんな気持ちを振り切り、森さんは永田町へ出向く

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