心神喪失者等の触法及び精神医療に関する施策の改革について 心神喪失者等の触法及び精神医療に関するPT報告(案) 座 長 熊代昭彦(平成13年11月9日) 当プロジェクトチームは、平成13年6月29日以来9回の会合を重ね、表記の課題を検討してきた。またこの間、有識者並びに関係者(資科1)からのヒアリングを実施し、広く衆知を集約することに努めた。その結果、以下のような結論に達したので報告する。 第1 基本的認識 1.精神障害者は、我々の社会の大切な構成員である。精神障害者の犯罪率は、社会全体の犯罪率に比ベ、かなり高いのではないかと一般に漠然と考えられているが、その認識は正確な資科によって改められる必要がある。(資料2) また、精神障害者対策の現状を見るとき精神障害者のための医療及び医薬品の研究開発、医療及び福祉の充実並びにノーマライゼーションのための施策の抜本的改革を図ることが急務であると言わなければならない。 2.一方、今回検討した触法心神喪失者及び心神耗弱者(以下「心身喪失者等」という。)の問題は、殺人等の重大な犯罪行為をした者の処遇に関する問題であり、普通の生活を送っている精神障害者の問題と混同して議論する事は厳に慎まなければならないものである。 3.本PTはこのような基本認識に立って、先ず触法心神喪失者等の処遇の改革について取り上げ、並行して精神障害者対策の改革についても検討した。 第2 触法心神喪失者等の処遇の改革について 1.問題点 次のような問題点が指摘された。 (1)重大な犯罪行為を行った心神喪失者等の処遇について裁判所の判断がなされていない 殺人や放火等の重大な犯罪行為を行った触法心神喪失者等の約8割が不起訴(起訴猶予を含む。以下同じ。)になっていて、裁判所の判断が仰がれていない。この問題点の指摘は有識者、関係者、犯罪行為の被害者の家族等から広く行われた。又加害者となった精神障害者の側からも自らの裁判を受ける権利を奪わないで欲しいとの声が出されている。 また、検察庁において、責任能力に関する捜査を十分に行わず、安易に不起訴処分にしているのではないかとの疑念を生じさせている。 (2)医師の鑑定の信頼性に疑問が抱かれている 司法精神医学の研究・教育が充分でないため、責任能力の判断に関する医師の鑑定の信頼性に疑間が抱かれている。 (3)触法心神喪失者が一般の措置入院制度で処遇されている 触法心神喪失者が触法していない一般の精神障害者と同じ措置入院制度で処遇されているため、専門的な治療を受けることが困難となっており、また他の患者にも悪影響を及ぼしている。また退院して良いか否かの判断について、医師に過剰な責任を負わせることになっている。 (4)心神喪失で無罪の場合に、それに変わる措置が定められてない 心神喪失だけの理由で無罪とされる場合に、それに変わる刑法上ないしはそれに準ずる措置が定められていないのは、裁判による正義の回復を期待する国民感情に反するという意見もある。 (5)退院後のシステムが確立されていない 退院後にも適切な医療を継続させる必要がある場合に、通院医療を確実に継続させるシステムが確立されていない。 2.改革案 上記のような問題点を踏まえ、次のような内容の新法の制定を提言する。 (1)「治療措置(仮称)」制度の創設 重大犯罪行為をした者を心神喪失等のみの理由で不起訴(起訴猶予を含む。以下同じ。)にしているケースはすべて起訴して裁判官の判断を仰ぐよう制度改正すべきではないかとの強い意見もあり、傾聴に値するが、起訴便宜主義と起訴法定主義の2者択一の立場を取るよりも、第3の道として「治療措置(仮称)申し立て制度」を創設すべきである。 ア.治療措置申し立て制度の概要 (ア)検察官は、重大な犯罪行為をした者について心神喪失等と認め、不起訴処分にした時は、地方裁判所(全国50カ所)に治療措置の決定を申し立てる。 (イ)地方裁判所に冶療措置判定機関(以下「判定機関」という。)を置き、治療措置を決定する。 (ウ)被害者又はその遺族は、判定機関の審議を傍聴することが出来る。 (工)治療措置は、専門治療施設への入院又は保護観察下の通院とする。 (オ)判定機関は裁判官を長とし、精神科医のほか、精神保健福祉士等の精神医療関係者で構成する。 (カ)専門治療施設は国公立病院の中に設ける。 (キ)治療措置の期間については、不当に長期にわたることがない制度とする。 (ク)専門治療施設の長は、退院を許可すべきと考えるときは、地方裁判所に退院許可の申し立てをし、裁判所がこれを決定する。退院取り消し、通院治療終了も裁判所が決定する。 (ケ)裁判所は、(イ)の手続きで、責任能力があると認めた時は、当該案件を検察官に差し戻さなければならない。 イ.起訴された者が心神喪失と決定された場合の取り扱い 通常の訴訟の過程に於いて、裁判所が、起訴された者が心神喪失により無罪と判定したときは、検察官は(ア)の手続きを取らなければならない。 ウ.退院後の体制の確立 触法心神喪失者等が退院した後の体制の確立は極めて重要である。退院後に規則正しい服薬通院等が行われれば、普通の生活を送ることが可能であるからである。また、孤立感を抱くことがないよう、仲間作りや仕事場や生活の場の確保も重要である。これらのことを可能とするため、中心的役割を担う機関として全国に50ケ所ある保護観察所を活用することが適切であるので新法の中に位置付ける。 工.保護観察所の役割 (ア)地方裁判所が退院の決定をしたとき及び保護観察下の通院措置の決定をしたときは、その旨を保護観察所に通報する (イ)保護観察所の役割 通院の必要な当該者の処遇のための中心的な機関として保護観察所を位置付け、在宅又は中間施設で生活する当該者の処遇を抜本的に改善する。 その具体的役割の主なものは次のとおりとする。 @当該者の生活状況の把握、生活環境の調整、相談援助並びに継続的な治療を確保するための指導監督を行う。 A当該者が社会的に孤立しないよう、精神障害者団体、支援ボランティア団体等との連携協力を緊密に行う。 B専門治療施設、保健所、医療機関、社会復帰施設、地方公共団体の担当部署等の連携協力機関の連絡調整会議を開催する等、当該者の医療及び福祉に十分配意できる体制作りをする。 (2)司法精神医学研究・研修体制の抜本的充実 触法心神喪失者等に対する治療及び社会適応プログラム、精神鑑定等に関する研究や人材育成体制を抜本的に充実する。 第3 精神障害者医療及び福祉の充実強化について 1.精神障害者医療及び福祉の問題点 次のような問題点が指摘された。 (1)精神病院のスタッフ体制が弱い (2)長期入院者の割合が高い 手厚い医療によって、早期の退院を可能にする体制が不十分である。 (3)在宅者の日常生活への支援が不十分 在宅者が、24時間いつでも精神医療にかかれる体制や日常生活の困難さへの支援が不十分である。 また、入院患者の退院後の受け皿が不十分である。 (4)幅広い心の問題に対応する体制が不十分 悲惨な経験後のストレス・不調(PTSD)、3万人を超えた自殺の増加、その他の幅広い心の問題に対応する体制が不十分である。 (5)福祉対策が、知的障害者対策、身体障害者対策と比較し、かなり遅れている。 2.精神障害者医療及び福祉対策の改革案 上記の問題点を踏まえ、以下の改革を行う。 (1)精神障害者医療保健福祉対策5ケ年計画(ダイヤモンド・プラン(仮称))の策定、実施 知的障害者対策、身体障害者対策に早急に追いつくことを一つの目標とし、且つ精神障害者対策の質を高めるため、高齢者のための「ゴールド・プラン」に勝るとも劣らないダイヤモンド・プラン(仮称)を平成14年度中に策定する。なお、他の障害者対策も含めた心身障害者対策総合プランを策定することもより良い選択であり、検討すべきである。 ダイヤモンド・プランには、できる限り広範囲な施策を取り込むことが必要であるが、少なくとも次のような事項を含むものとする。 ア.患者の病態に応じた適切な入院医療の充実 急性期の医療,早期の社会復帰を目指した医療、また、思春期精神医療、薬物依存の治療等の専門的医療等、患者の病態に応じた適切な医療を行えるよう、精神病床の機能分化について早急に検討を深め、これを推進する。(現在の医療体制の基準等については、資科3) イ.在宅生活を支える、医療及び福祉対策の充実 患者が地域で24時間いつでも安心して生活できるよう、24時間オープンしている精神科救急体制並びに相談体制の整備を急ぐとともに、ホームヘルプ、ショートステイ、グループホーム等、在宅生活を支援する福祉対策の充実を図る。 ウ.社会復帰施設の充実 入院患者が、円滑に社会復帰できるよう、生活訓練、授産、生活の場の提供等を行う社会復帰施設の充実を図る。(現行の社会復帰施設。資科4) 工.心の健康対策の充実 PTSD対策、自殺予防等、幅広い心の健康問題に対する研究や相談の充実を図る。 オ.精神疾患の診断及び治療薬の研究開発並びに治療方法の研究、改善 上記の研究開発、改善は遅々としており、思い切った対策を講ずる必要がある。 カ.精神保健、医療、福祉を担う専門スタッフの養成、確保 上記の専門スタッフの養成、確保は急務である。特にPSWの養成、確保並びにその診療報酬上の位置付けを改善する必要がある。 (2)診療報酬のあり方の改善 精神科の診療報酬(資料5)体系をさらに改善する必要があるが、現行体系をさらにより良く活用することも精神病院に於て検討される必要があろう。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・ (資料1)自由民主党政務調査会 心神喪失者等の触法及び精神医療に関するプロジェクトチーム 開催経過 第1回会合:平成13年6月29日(金)参議院本会議終了後、10:48〜 議 題:法務省、厚生労働省よりヒアリング 第2回会合:平成13年7月10日(火)12:00〜 議 題:(法務省、厚生労働省より提出資料説明)プロジェクトチーム検討項目及び 今後の運営について 第3回会合:平成13年8月3日(金)12:00〜 議 題:法務省・厚生労働省合同検討会の概要について プロジェクトチーム検討項目並びに今後のスケジュールについて 第4回会合:平成13年9月7日(金)11:30〜 議 題:岩井宜子専修大学法学部教授、前田雅英東京都立大学教授よりヒアリング 第5回会合:平成13年9月14日(金)12:00〜 議 題:古川元晴 元東京地検検事正、吉丸眞 元札幌高裁長官よりヒアリング 第6回会合:平成13年9月21日(金)12:00〜 議 題:久保潔読売新聞社編集委員、岡村勲弁護士、犯罪被害者関係者からのヒアリ ング 第7回会合:平成13年9月28日(金)12:00〜 議 題:西島英利 日本医師会常任理事よりヒアリング 第8回会合:平成13年10月3日(金)12:00〜 議 題:日本精神病院協会、全国精神障害者家族会連合会、日本精神保健福祉士協 会、日本弁護士連合会よりヒアリング 第9回会合:平成13年10月30日(火)11:30〜 議 題:党プロジェクトチーム報告(案)の検討 第10回会合:平成13年11月9日(金)11:00〜 議 題:党プロジェクトチーム報告(案)の検討 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・ (資料2)心神喪失者等の検察庁受理人員に占める割合等(省略) (資料3)病床種別による医療体制の基準等(省略) (資料4)精神障害者社会復帰施設の概要(省略) (資料5)入院基本料診療報酬点数(省略)