今国会成立見送りと精神障害者政策の徹底した議論を強く求める


−「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律案」に対する見解−

2002年4月26日  日本障害者協議会 代表 河端静子

■社会的入院を余儀なくされている精神障害者の実態

 私たち日本障害者協議会は、障害のある当事者と、家族、関係者などの団体約70の団体で構成されており、この20年間あまり、障害者の完全参加と平等の実現をめざして、政府、関係者に対して、運動をすすめてきました。

 わが国の障害者施策は、私たちが運動をはじめた20年前に比べれば、相当充実してきました。しかし、地域社会であたりまえに障害者が暮らしていける環境には至っていません。とくに、身体障害者施策と比較すると、精神障害や知的障害のある人たちへの施策のおくれは歴然としています。

 現行の「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」(精神保健福祉法)自体、行政府である都道府県知事による強制的な「措置入院制度」や、精神障害者本人やその家族の基本的人権を無視している「保護者制度」がいまだにあり、社会防衛的な色あいが強く残されています。この精神保健福祉法を精神障害者の人権を守り、社会的自立を支える法律へと変えていくことが急務であると私たちは痛感しています。

 また、この法律の不備により、精神障害者が地域社会の中で生活を送るための制度や社会的資源があまりにも乏しく、多くの人たちがいまだに社会的入院を余儀なくされており、人間としての尊厳を奪われた状態におかれています。そういう状況で、不幸な事件によっていわゆる「触法心神喪失者」問題への対応が浮上し、精神障害者への誤った認識による世論が醸成されていき、そうした世論を背景に、特別立法という形でさらに精神障害者の人権を制限する危険性を大きく孕む法案が、今国会に上程されていることに憂慮の念が堪えません。

 昨年私たちは、与党3党が設置したこの問題に関するプロジェクトチーム等に対し、緊急要望書を提出しました。私たちは現状の中で精神障害者問題の所在の在り方について考えたとき、地域医療・福祉施策の充実、「保護者制度」の撤廃、そして触法心神喪失者への対応については、人権と合意の尊重が何よりも大切であるとの立場で、要望をしてまいりました。

■冷静で多角的な議論を

 さて、今国会に提出されている「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行なった者の医療及び観察等に関する法律案」は、精神障害者問題を解決していくうえでの本質的な政策にはなり得ないと考えます。さらに、専門家の間でも「再犯を予測することは困難」という見方が支配的で、「再犯のおそれ」を理由に、司法判断による強制入院の道をひらくこの法案は、徹底的な検証と充分な議論、そして慎重を期した対応を必要としています。多くの精神障害当事者と、多くの医療従事者、福祉関係者が反対の声をあげております。「不幸な事件」はいうまでもなく繰り返されてはなりませんが、だからこそ、冷静でしかも多角的な視点による議論が求められています。仮に短期間でこの法案が成立する事態が現実のものになるならば、日本の障害者分野における立法上の大きな禍根を残す結果となることは間違いありません。

■法案の成立を見送り、廃案へ

 冒頭でも述べているとおり、精神障害者に対する社会の支援システムは、他の障害者に比べ、制度的な施策等においてはるかに未整備な状態にあります。私たちはまず地域福祉サービスや地域医療サービスを根本的に見直し、身体・精神・知的などを問わず、あらゆる障害者が可能な限り地域社会の中で自己決定が尊重されながら生活できる制度の創設、あるいは充実こそが重要であると考えています。これこそ社会不安を解消できる最大の道のはずです。そして今、精神障害者政策のありよう全般について、当事者の声に耳を傾けながら時間をかけた論議の積み重ねがなされていくことが明らかに求められています。

 

私たちは以上の認識に立ち、この法案の成立を見送り、廃案とすることを強く求めます。